RSS | ATOM | SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author:スポンサードリンク, category:-,
-, -, - -
尖閣列島探検記事 第5回


黒岩恒著

「尖閣列島探検記事」 −第5回−

黒岩恒著「尖閣列島探検記事」−第5回−
 1.共同運輸会社汽船出雲丸船長林鶴松が沖縄県庁に差出したる報告書
 2.新称釣魚嶼の地名と状況
(地學雑誌第12輯第140巻480頁18行-483頁14行

 

○共同運輸會社汽船出雲丸船長林鶴松が沖縄縣廳に差出したる報告書に曰く(明治十八年十一月二日)

本船は初め魚釣島の西岸に到着し、その沿岸三四「ケーブル」の地に數々測鉛を試みたるに海底極めて深く其淺深一ならす四十乃至五十尋にして更に投錨すべき地あるを見す魚釣島は一島六礁に成り其最大なるものは魚釣島にして六礁は其西岸凡五六里内に併列し礁脉の水面下に連絡するか如く六礁の大なるものを「ピンナツクル」礁と稱し其の形状絶奇にして圓錐形を爲し空中に突出せり右「ピンナツクル」と該島間の海峽は深さ十二三尋にして自在に通航するを得唯潮流の極めて速かなるを以って恐くは帆船の能く通過すべき所にあらす魚釣島の西北西岸は巉岸屹立し其高さ千百八十尺にして漸く其東岸に傾下し遠く之を望めば水面上に直角三角形を爲せり極めて清水に富み其東岸清流の横流するを認めり海路誌に據れば其沿岸に川魚の住するを見たりと該島は那覇河口三重城を距る西七度南二百三十海里にあり、


本船は初め魚釣島の西岸に到着し、その沿岸500m〜700mの地点で何回も測量を試みたが、海底は極めて深く、その深さも均一ではなく、70m〜90mほどである。しかも船が碇を降ろすに適当な場所は見いだせなかった。
魚釣島は一島と六礁から成り、その最大なるものは魚釣島で、六礁は魚釣島の西岸およそ20〜25km内に並列、礁脉(しょうみゃく)は水面下でつながっているようである。六礁の内で大きいものを「ピンナツクル」礁(南北小島のこと)と言い、その形状は絶奇にして円錐(えんすい)形をなし、空中に高くそびえ立っている。この「ピンナツクル」と魚釣島の間の海峡は深さ22〜23mあり、船は自在に通航するを得る。ただ潮流が極めて速く、恐らく帆船では通過することはできないと思われる。
魚釣島の西北西の海岸は険しい崖が屹立している。高さ357mにして漸く東岸に向かいゆるやかに傾斜している。遠くからこれを望めば、水面上に直角三角形をなしている。東岸は極めて清水に富み、清流の横流しているのを見ることができた。海路誌(※)によればその沿岸に川魚の住するを見たりという。魚釣島は那覇河口三重城から西7度南426km(※)の地点にある。

 


釣魚嶼は列島中の西南に位する大島にして周回凡そ二里余、島形東西に長く南北に短き歪したる楕圓形にして、略海參に似たり、島の地貌は至て簡單なり、即島の高項は甚しく南側に偏在せるを以って、此方面は絶壁を以って終り、容易に上るを容さす、殊に南岸の東半の如きは、巉岩削立屏風の如く、攀援の望み全く絶せり、而して島の延長に沿ひたる分水的高頂の北側は、地勢漸を以って傾斜し海に入れり、故に今若し附圖に於けるAB線に沿ひて斷面圓を作らば、略直角三角形を呈すべし、 (附圖次號)





島の最高點を奈良原岳とす、(余が新設せる名稱にして沖縄縣知事男爵奈良原繁氏に因む以下此類多し)海抜一千百八十一呎なり、海上より望むときは、岳の南側は過半絶崖に屬し、岩層の水平的に層疊するの状極めて明瞭なり、今もし此最高頂に上らんか、粗粒なる砂岩の裂壊せるもの參差直立し、岌乎として墜落せんとするの状あり、岩隙に矮樹あり、之を援る猿の如くし、以って僅に頂上を極むべきも、力と頼む所の樹根は不意に岩を離れ去ることありて危險極りなく、余は此嶺に於いて、矮樹の幹を握りたる儘三丈余の岩壁を辷り落ちしも、幸に事なかりき、後の此岳に上んとする者注意して可なり、岩上に蘭科植物の着生せるもの多し奈良原岳の東方一帯の高點を屏風岳とす(新稱)、之を海上より望むときは、峽崖草樹なく、岩層煉瓦色を呈して甚美觀なり、右に記する如く、一島分水の位置、偏在殆其の極に達するを以って、南岸に於ては一の水流たもなし、然るに北向きの斜面に於ては、小流數派あり、加ふるに此傾きたる地盤は、深林蓊鬱として晝尚暗く、能く水濕を保蓄するを以つて、源泉混々たるもの少なからす、此方面に於ける水流を、東の方より順次に數ふるときは、左の如し、
   ○道安渓(ドウアンダニ) 八重山島司・野村道安氏に因みたる新設名なり、此渓の中流に小瀑布あり、島に接近するときは、海上より望見し得べし、
   ○大渓(オホタニ) 東西兩源あり、下流は瀦して小池をなす、
   ○小渓(コタニ) 下流に小水溜を見る、
   ○尾滝渓(オタキダニ) 下流は堆沙の中に消入す
本島に於ける渓流の通性として、下流の一潟して海に朝するものあるなく、一且溜停し、然る後迂餘途を求むるを常とす、これ島の緩邊に於ける珊瑚礁の發育に原因するものにして、此緣付けは廣き處、幅八十メートルに及ぶを以って、小流の力能く之を截開する能はず、溜して小池となり、溢れて海に入るもの多し、此小池の邊「イソマツ」多し、                  
                                                                      (以下次号)







・・・・・・・・・【原文】・・・・・・・・・


記事名: 尖閣列島探檢記事
著 者: 黒岩恒
雑誌名: 地學雑誌
巻 数: 第拾貳輯−第百四拾巻 
頁 数: 480頁18行〜483頁14行
発行年: 明治三十三年八月
発行元: 東京地學協會

黒岩恒著「尖閣列島探撿記事」 −第4回−
釣魚嶼(4)
 1.共同運輸會社汽船出雲丸船長林鶴松が沖縄縣廳に差出したる報告書
 2.新称釣魚嶼の地名と状況
(地學雑誌第12輯第140巻480頁18行-483頁14行

○共同運輸會社汽船出雲丸船長林鶴松が沖縄縣廳に差出したる報告書に曰く(明治十八年十一月二日)
本船は初め魚釣島の西岸に航着し其沿岸三四「ケーブル」(※01)の地に數々測鉛(※02)を試みたるに海底極めて深く其淺深一ならす四十乃至五十尋(※03)にして更に投錨すべき地あるを見す魚釣島は一島六礁に成り其最大なるものは魚釣島にして六礁は其西岸凡五六里内に併列し礁脉の水面下に連絡するか如く六礁の大なるものを「ピンナツクル」礁と稱し其の形状絶奇にして圓錐形を爲し空中に突出せり右「ピンナツクル」と該島間の海峽は深さ十二三尋にして自在に通航するを得唯潮流の極めて速かなるを以って恐くは帆船の能く通過すべき所にあらす魚釣島の西北西岸は巉岸屹立(※04)し其高さ千百八十尺(※05)にして漸く其東岸に傾下し遠く之を望めば水面上に直角三角形を爲せり極めて清水に富み其東岸清流の横流するを認めり海路誌に據れば其沿岸に川魚の住するを見たりと該島は那覇河口三重城を距る西七度南二百三十海里(※06)にあり、


釣魚嶼は列島中の西南に位する大島にして周回凡そ二里(※07)余、島形東西に長く南北に短き歪したる楕圓形にして、略海參に似たり、島の地貌は至て簡單なり、即島の高項は甚しく南側に偏在せるを以って、此方面は絶壁を以って終り、容易に上るを容さす、殊に南岸の東半の如きは、巉岩削立屏風の如く、攀援の望み全く絶せり、而して島の延長に沿ひたる分水的高頂の北側は、地勢漸を以って傾斜し海に入れり、故に今若し附圖に於けるAB線に沿ひて斷面圓を作らば、略直角三角形を呈すべし、 (附圖次號)

 

 

 

 

島の最高點を奈良原岳とす、(余が新設せる名稱にして沖縄縣知事男爵奈良原繁氏に因む以下此類多し)海抜一千百八十一呎(※08)なり、海上より望むときは、岳の南側は過半絶崖に屬し、岩層の水平的に層疊するの状極めて明瞭なり、今もし此最高頂に上らんか、粗粒なる砂岩の裂壊せるもの參差(※09)直立し、岌乎(※10)として墜落せんとするの状あり、岩隙に矮樹あり、之を援る猿の如くし、以って僅に頂上を極むべきも、力と頼む所の樹根は不意に岩を離れ去ることありて危險極りなく、余は此嶺に於いて、矮樹の幹を握りたる儘三丈(※11)余の岩壁を辷り落ちしも、幸に事なかりき、後の此岳に上んとする者注意して可なり、岩上に蘭科植物の着生せるもの多し奈良原岳の東方一帯の高點を屏風岳とす(新稱)、之を海上より望むときは、峽崖草樹なく、岩層煉瓦色を呈して甚美觀なり、右に記する如く、一島分水の位置、偏在殆其の極に達するを以って、南岸に於ては一の水流たもなし、然るに北向きの斜面に於ては、小流數派あり、加ふるに此傾きたる地盤は、深林蓊鬱(※12)として晝尚暗く、能く水濕(※13)を保蓄するを以つて、源泉混々たるもの少なからす、此方面に於ける水流を、東の方より順次に數ふるときは、左の如し、
   ○道安渓(ドウアンダニ) 八重山島司・野村道安氏に因みたる新設名なり、此渓の中流に小瀑布あり、島に接近するときは、海上より望見し得べし、
   ○大渓(オホタニ) 東西兩源あり、下流は瀦して小池をなす、
   ○小渓(コタニ) 下流に小水溜を見る、
   ○尾滝渓(オタキダニ、※14) 下流は堆沙の中に消入す
本島に於ける渓流の通性として、下流の一潟して海に朝するものあるなく、一且溜停し、然る後迂餘途を求むるを常とす、これ島の緩邊に於ける珊瑚礁の發育に原因するものにして、此緣付けは廣き處、幅八十メートルに及ぶを以って、小流の力能く之を截開する能はず、溜して小池となり、溢れて海に入るもの多し、此小池の邊「イソマツ」多し、                  
                                                                      (以下次號)


【注釈】
※01 【三四「ケーブル」】556m〜740m 。1ケーブル=185.2m。
※02【測鉛】水深を測ること。昔は水深を測る時にはロープに鉛の錘(おもり)をつけて水底までたらしその長さを測っていた。
※03【四十乃至五十尋】73m〜91m。尋(ヒロ・1.818m  )
※04【巉岸屹立】巉岸<切りたって高く険しい岸>と屹立<高くそびえ立つこと>の合字。
※05【千百八十尺】358m。1尺は約30.3cm
※06【二百三十海里】 426km。1海里=1852m。海上保安庁は沖縄本島と魚釣島の距離を225海里410kmとしている。
※07【二里】8km。1里=4km
※08【一千百八十一呎】359m。呎=尺=30.3cm
※09【參差】長短の等しくないさま。そろわないさま。
※10【岌乎】危険が迫っているさま。あやういさま。
※11【三丈】約9m。1丈=3.03m
※12【蓊鬱】(おううつ) 草や木が盛んに茂っているさま。
※13【水濕】(水湿、すいしつ)〕水分を含んでしめること。
※14【尾滝渓】古賀辰四郎の甥、尾滝(瀧)延太郎の名に因むと思われる。









author:senkakujapan, category:尖閣列島探検記事, 06:55
comments(0), trackbacks(0), - -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 06:55
-, -, - -
Comment









Trackback
url: トラックバック機能は終了しました。