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尖閣列島探檢記事 (承前) −その3−

地学雑誌・第12輯頁第141巻・明治33年09月

尖閣列島探検記事 (承前)
                                      黒岩 恒 

第3回

{黒岩恒著「尖閣列島探檢記事(承前)」(明治33年9月)、地學雑誌第12輯530頁15行〜533頁11行}


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【現代語意訳】


北岬(きたさき)から西の尾瀧渓(おたきだに)に至る一帯には、水流と言えるものは少ないけれども、到る処に清水がの岩の隙間よりしたたり落ちているのが見られる。 人夫の話だとこの海岸の山中に漂着者の白骨があると云うのだが、既に日は西の海に没して薄暗く、この無縁の亡者を弔うことができなかったのは遺憾であった。夜に入り案内役の伊澤(弥喜太)が崖から仰向けに墜落した。生命に別条がなかったのはこの一行にとって幸いであった。午後七時過ぎ尾瀧渓に到着。この地には古賀氏の設けた小屋がある。この小屋は棟も壁も皆ビローの葉で出来ており、床はクロツグの葉柄を編んだものを下面に張って、その上にビローを編んで作ったゴザが敷いてある。冬期にアホウドリを捕獲する為に設けられ粗末な小屋であるが、私たちの様な探検隊の歓迎用としては十分である。もとより弧島の空き屋に夜中突然侵入したのだから、室内は蜘蛛だらけで、カビの臭いは鼻をつくし、明かりをつけようとしてもしても油がない、飯を炊こうとすれば薪がない。そんな気持ちの萎えそうな状況の中で尾瀧渓のせせらぎの響きが聞こえてきて心を慰めてくれた。早々に人夫を山中にやって、暗闇の中で薪や柴を取ってこさせ、自分はまた別に海岸に漂着した竹や木を拾ってきて、ようやく夕食をなすことができた。

今まで探検し終えた方面は、魚釣島で最も水流の豊かな所で、出発前に見た海図に、淡水ありとの記事は恐らくこの方面を指し示したものであろう。永康丸はこの道安渓の下流の水を汲んだが、艦船に百メートルのホースを用意しておけば、珊瑚礁に端艇を横付けして、処々に溜れる小池の清水を汲取ることは容易である。尾瀧渓(おたきだに)の流れは海岸にかかる場所で小さな滝をなしている。古賀辰四郎の小屋には竹の管でこの水を導いており水溜に水が満ちている。水質は澄んでいた冷たく飲料に適している。小屋の前一帯に白砂があるが、砂は主として珊瑚の破片からなる。砂丘にハマゴウの繁延する様子は、他の琉球列島で見られるものと同じである。この白砂は直ちに海水にしているのではなく、更に一帯の珊瑚礁があってこの砂浜の外を囲んでいる。明治十八年十一月に出された石澤兵吾の報告書に「魚釣島の西南浜、少しく白砂を吹寄云々」とあるのは、まさしくこの場所を指し示したものである。何故ならば、本島にはこの地以外に砂浜はないからである。

冬にはこの辺一面にアホウドリが見られるという。 十三日の朝に至り、アホウドリ三羽を生け捕りにした。この様な歩行も困難な地の探検で、しかも足かけ二日しか時間はない、一刻値千金、剥製に着手する時間はない。生きたまま、嘴(くちばし)と翅(はね)及び脚(あし)を縛り、人夫に背負わせ出発す。

西岬(イリサキ)の急な崖には昇り降りする為に長大な梯子(かいだん)が上下二段に架設してあるのだが、半ば腐れており極めて危険である。西岬から小しばかり行くと閃緑岩が海岸に露出している。水成岩に見飽きた眼にはすこぶる新鮮で数個の標本を採取した。ここに一つの小さな岬がある。これを閃緑角(せんりょくかく・新称)と名付けた。この内側に小さな湾がある。断崖が壁のようにそびえ立ち、舟でなければ行くことは出来ない。閃緑角の東の崖にも桟道がある。この梯(かけはし)を利用して通過すべきである。梯の下の海浜は閃緑が乱散している険所なのだが梯を行けば直ぐに再び珊瑚石灰岩の縁付地に入り、和平泊(ワヘイトマリ・新称)に達することができる。






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【原文】


岬以西尾瀧溪に至る一帯には、水流と稱すベきもの稀なれども、到る處清水の岩隙より滴出するを見る、 此海岸の山中には漂着者の白骨ありと云(人夫の供述による)日旣に西溟に没し、暮色蒼然、この無緣の亡者を吊ふ (※弔の間違い)能はさりしは遺憾なりき、夜に入り教導・伊澤、岩崖より仰墜す、生命に別條なかりしは此行の幸なリ、午後七時過き尾瀧溪に着す、此地古賀氏の設けたる小舎一二あり、屋背屋壁皆蒲葵葉を用ゐ、床は「模院廚陵嬖舛鯤圓澆燭襪發里魏写未膨イ蝓其上に蒲葵席を敷く、但し冬期信天翁捕獲の爲に設けたるもの、探檢隊觀迎用としては不足なし、素り弧島の空屋に夜中突然の侵入なれば蛛網屋に満ち、黴臭鼻を衡き來る、燈火を點せんと欲するも油なく、飯を炊んとするに薪なし、只尾瀧溪の下流潺溪の響ありて、頗ふる人意を強ふせり、痢洪揺廚鮖鈎罎貿匹靴董暗中に薪柴を採らしめ、余亦沿岸に漂着せる竹木を拾ひ來りて晩餐を了せり、余か今迄徑過し來りたる方面は、本島に於ける最水流に富める所なり、かの海圖に、淡水ありとの記入あるは此方面を斥したるものならん、我永康丸の如き、道安溪の下流を汲めり、艦船にして百メートルの布管 (Hose) を用意したらんには、珊瑚礁に端艇を横付けし置きて、かの處々に溜れる小池の清水を汲取るを容易なりとす、尾瀧溪は海岸に於て懸りて小瀑をなす、竹管を以て之を導き來り、かの小舎の用水に充つ、頗る清冽なり、舎前一帯の白砂あり、主として珊瑚の破片より成る、沙丘に蔓荊樹の繁延する状は、他の琉球列島に異ならず、此白砂は直ちに海水に接するにあらずして、尚一帯の珊瑚礁ありて此外面を囲めり、石澤兵吾の報告書に魚釣島の西南濱、少しく白砂を吹寄云々は、蓋し此處を指したるものなり、何となれば、本島には此處の他絶へて沙濱なければなり、冬期に在りては此邊一面に信天翁を見るといふ、 十三日の朝に至り、信天翁三羽を生捕れり、かかる困難なる旅行、而も一刻千金の時日、剥製に着手すべきにあらず、生ける儘、嘴と翅及脚を縛り、人夫をして負擔せしめて出發す、西岬(イリサキ)の險崖には昇降に供する爲、長大なる梯子を上下二段に架設せるも、半腐朽し極めて危險なり、岬を距る小許にして、始めて閃緣岩の海岸に露出するを見る、水成岩に厭き果てたる眼には頗ぶる愉快を感し、數箇の標本を囊にせり、此處一の小岬をなす、之を閃緣角とす(新稱)内に一小曲灣を見る、断崖壁立、舟するにあらざれば訪ふべからず、角の東亦一の棧道あり、梯して通すべし、梯下の海濱は閃緣岩の亂散せる險處なるも須臾にして再珊瑚石灰岩の緣附地に入り、以て和平泊(ワヘイトマリ・新稱)に達すべし、




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【注釈】

※蒲葵葉(ビロー)
※模(クロツグ)
※席(草や竹などで編んだ敷物)
※信天翁(アホウドリ)
※潺渓(潺渓ではなく潺湲-せんかん-であろう)潺湲は水が流れるさま。水が清く、さらさらと流れるさまを言う。
※小瀑(しょうばく)小さな滝。
※清冽(せいれつ)水などが清らかに澄んで冷たいこと。また沙丘
※蔓荊樹(ハマゴウ)
※繁延(はんえん)
※石澤兵吾が明治18年に出した報告書にある魚釣島。明治18年に「釣魚嶼」ではなく
   「魚釣島」と記しており、沖縄では魚釣島島や釣魚嶼、釣魚臺の名前が混在していた。
※桟道(さんどう)山のがけの中腹に棚のように張り出してつくった道。






 

author:senkakujapan, category:尖閣列島探検記事, 08:30
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