RSS | ATOM | SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author:スポンサードリンク, category:-,
-, -, - -
尖閣列島の発見は中国人が日本人より76年早かった=中国
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0919&f=politics_0919_002.shtml

尖閣列島の発見は中国人が日本人より76年早かった=中国



   中国網日本語版(チャイナネット)によると、「釣魚島(日本名:尖閣列島)の発見は、中国人が日本人より76年も早い」と記された古書が、南京朝天宮骨 董市場で見つかったという。この古書は清代の学者・銭泳氏の直筆「記事珠」で、その中には清朝の名作で沈復氏が書いた「浮生六記」の中で失われていた第5 記「海国記」も残っていた。

  記事では、「日本が尖閣諸島の主権を主張する理由のひとつが、古賀辰四郎氏が1884年にこの島を発見したことだが、沈複氏が釣魚島を発見したのは1808年で、日本人より76年も早い」と報じた。

  古書に釣魚島の秘密が

  この古書を手に入れた彭令氏は、「浮生六記」から驚くべき秘密を発見した。沈複氏は1808年に斉鯤や費錫章とともに使節として琉球を訪ねた途 中のことを「海国記」に記し、中国と琉球の国境では55文字で簡潔に、釣魚島領域の海を祭る場面を書き写している。「十三日辰刻見釣魚台,形如筆架。遥祭 黒水溝,遂叩祷于天后,忽見白燕大如鴎,繞檣而飛。是日即転風。十四日早,隠隠見姑米山,入琉球界矣(十三日の辰の刻に釣魚台が見え、形は筆置きのよう だ。はるかに黒水溝を祭り、頭をつけ天后に祈る。突然カモメのような大きな白燕が帆柱をめぐって飛ぶ。その日は風に転じた。十四日朝、姑米山がかすかに見 え、琉球の界に入った)」

  台湾師範大学の蔡根祥教授は、この中の「釣魚台」は釣魚島のことだと話す。沈複のこの記録は、日中間の難解の争いに動かぬ証拠になり、文中では 明確に、琉球国西部の領域は姑米山(すなわち現在沖縄の久米島)から始まり、黒水溝が中国(清朝廷)と琉球国の境界線であることから、釣魚島が中国の領域 内だということを示している。

  1000万元(約1億2700万円)で欲しいという日本人も

  古書は中国内外で注目され始め、1000万人民元で購入したいと電話を掛けてくる日本人もいたという。だが彭令氏は断った。「私は華夏の子孫 だ。日本人が1億元(約12億7000万円)を出しても譲らない。『記事珠』の写本は中国に保存しなければならない」(編集担当:米原裕子)

author:senkakujapan, category:-, 00:04
comments(0), trackbacks(0), - -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 00:04
-, -, - -
Comment









Trackback
url: http://senkakujapan.jugem.jp/trackback/210