RSS | ATOM | SEARCH
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author:スポンサードリンク, category:-,
-, -, - -
尖閣諸島に関する中国史料の研究(一) −海道針経の考証を中心に− 四、「尖閣群島」注記に対する改竄

山陽論叢 第24巻 (2017)

 

論文

尖閣諸島に関する中国史料の研究(一)

−海道針経の考証を中心に−

班  偉1)

 

 

四、「尖閣群島」注記に対する改竄

 

  長年、『順風相送』の史料を巡って、中国当局・論客が牽強付会・恣意誇張の言を繰り返してきた。白書『釣魚島是中国的固有領土』をはじめ中国側の主張・論拠・結論は、すべて史料に対する歪曲・隠蔽・改竄の上に立脚したものと言っても過言ではない。事実、1982年と2000年の二度にわたって、中華書局は『両種海道針経』を再刊するに当たり、臆面もなく1961年初刊本にあった「尖閣群島」関連の注記を悉く改竄、抹消した。以下、三つの刊本を比較しながら、書き換えられた箇所(頁数は同じ)を拾い上げて検証する。

 

   愡愼鄒桔 戞嵎―1琉球針」条の注 168頁):初刊本では、「黄尾嶼為今尖閣群島之久場島、枯美即今久米島、馬歯即慶良間列島、倶在那覇西、舡至此距琉球国都不過五十海里矣。」(訳:黄尾嶼は今日の尖閣群島の久場島で、枯美は即ち久米島、馬歯は即ち慶良間列島、ともに那覇の西にある。船はここまで来ると琉球国の都まで後50海里と近い)と書いている。再刊本と三刊本では、「黄尾嶼為我国台湾省所属島嶼、枯美即今久米島、馬歯即慶良間列島、倶在那覇西......」(訳:黄尾嶼は我が国台湾省に属する島嶼であり、......)と書き換えられた。

 

  ◆嵒蹇両種海道針経地名索引」「赤坎嶼」条(230頁):初刊本では、「赤坎嶼  即台湾基隆東北尖閣群島中之赤尾嶼。」(訳:赤坎嶼は即ち台湾基隆の東北にある尖閣群島の赤尾嶼である)と書いている。再刊本と三刊本では、「赤坎嶼  即我国台湾省東北海上釣魚島東部之赤尾嶼。」(訳:赤坎嶼は即ち我が国台湾省の東北の海上にある釣魚島の東の赤尾嶼である)と書き換えられた。

 

  「附:両種海道針経地名索引」「花瓶嶼」条(235頁):初刊本では、「花瓶嶼在台湾基隆東北部海上。花瓶、彭佳、綿花三嶼為台湾至琉球必経之地、自此往東為尖閣群島、東南為先島群島。」(訳:花瓶嶼は台湾基隆の東北の海上にある。花瓶・彭佳・綿花三嶼が台湾から琉球に渡る途中必ず通る島で、ここより東は尖閣群島、東南は先島群島である)と書いている。再刊本と三刊本では、「花瓶、彭佳、綿花三嶼為台湾至琉球必経之地、與東面的釣魚嶼、赤尾嶼均為我国台湾省附属島嶼。」(訳:花瓶・彭佳・綿花三嶼は台湾から琉球に渡る途中必ず通る島であり、東の釣魚嶼・赤尾嶼とともに、我が国台湾省の附属島嶼である)と書き換えられた。

 

ぁ嵒蹇両種海道針経地名索引」「釣魚嶼」条(253頁):初刊本では、「釣魚嶼為自台湾基隆至琉球途中尖閣群島中之一島、今名魚釣島、亦名釣魚島。」(訳:釣魚嶼は台湾基隆から琉球へ渡る途中の尖閣群島の島であり、今は魚釣島と呼ばれ、また釣魚島とも呼ばれる。)と書いている。再刊本と三刊本では、「釣魚嶼在台湾基隆東北海中、為我国台湾省附属島嶼、今名魚釣島、亦名釣魚島。」(訳:釣魚嶼は台湾基隆の東北の海中にあり、我が国台湾省の附属島嶼である)と書き換えられたが、再刊本と三刊本に残る「今名魚釣島」という表現を見逃してはならない。中国では普通、「魚釣島」という日本名を使わないので、思わぬところに作為の跡が見える。

 

  ァ嵒蹇両種海道針経地名索引」「釣魚台」条(253頁):初刊本では、「此指琉球群島中尖閣群島之魚釣島、一般作釣魚嶼、亦作釣魚台。」(訳:これは琉球群島にある尖閣群島の魚釣島を指している。一般に釣魚嶼、また釣魚台となす)と書いている。再刊本と三刊本では、「此指台湾基隆東北海上之釣魚島、一般作釣魚嶼、亦作釣魚台。」(訳:これは台湾基隆東北の海上にある釣魚島を指す。一般に釣魚嶼、また釣魚台となす)と書き換えられた。

 

Α嵒蹇両種海道針経地名索引」「黄尾嶼」条(259頁):初刊本では、「黄尾嶼在台湾至琉球間之尖閣群島内、一名久場島。」(訳:黄尾嶼は台湾と琉球の間の尖閣群島の内にあり、久場島とも名付けられている)と書いている。再刊本と三刊本では、「黄尾嶼在我国台湾東北海上、為台湾附属島嶼。」(訳:黄尾嶼は我が国台湾の東北の海上にあり、台湾の附属島嶼である)と書き換えられた。

 

直接尖閣諸島に関する注記ではないが、「附:両種海道針経地名索引」「彭家山」条(256頁):初刊本では、「花瓶・彭家・綿花三嶼、為由基隆去琉球所必経。」(訳:花瓶・彭家・綿花三島は、基隆から琉球へ向かう時に必ず通る場所だ)と書いている。再刊本と三刊本では、「花瓶・彭家・綿花三嶼、均為我国台湾省附属島嶼。」(花瓶・彭家・綿花三島は、いずれも我が国台湾省の附属島嶼である)と書き換えられた。

 

強調したいのは、「釣魚嶼」「黄尾嶼」「赤坎嶼」のいずれも尖閣群島に属するという初版本の注記が決して向達の個人的見解ではなく、当時では中国当局の公式見解、ひいては学界・出版界での常識だった(40)。一介の学究として、向達と雖も領土問題について迂闊なことが言えまい。むしろ、彼は「両種海道針経・序言」の中で、次のように書き立てる。「『順風相送』『指南正法』の山形水勢・針路記載には、江蘇・浙江・福建・広東・台湾など各省沿海の多くの島嶼を詳しく記しており、中国人民が三百年前の昔からすでにこれらの島との間を行き来していたことを物語っている。これらの島は我が国の不可分領土であることを疑う余地はない。中華人民共和国政府が1958年9月4日に発表した領海声明の中に列挙している東椗・大小担・大小金門・烏坵・白犬・馬祖・高登・東引などの島嶼及び台湾・澎湖は、すべて『順風相送』『指南正法』に見られるので、これらの島々は歴史上、一貫として我が国に属することが分かる」と(41)。それだけでなく、該当の島名が「地名索引」に出る度に、政府の領海声明を引き合いに出して再度強調している。それにも拘らず、「釣魚嶼」「黄尾嶼」「赤坎嶼」に関しては、「尖閣群島に属する」と明言したのは、上記の島々の他に東沙・西沙・中沙・南沙など南海諸島まで領有権を主張する中国政府のこの領海声明文が、実は尖閣諸島に全く触れていないからである(42)。それより、向達が『鄭和航海図』を編集する際に参考した1958年版『世界地図集』を見ると、「日本」地図では、なんと釣魚島は「魚釣島・尖閣群島」と表記した上、「琉球群島」に属すると扱われている(43)。

 

このように、中華書局の編集者が初版本の注記を改竄、抹消したのは、上の指示に従った行為なのか、それとも愛国心による自己検閲なのかは定かでないが、「歴史の隠蔽・捏造」も甚だしい。しかも何の断りもなく、一般の読者に「最初から向達が付けた注記はこうだ」と見誤らせる大きな原因ともなる。中国論客の遣り口の常として、証拠を捻じ曲げ、史料を文脈から外して部分的に抜き出し、自分の主張と矛盾する証拠の山を切り捨てる。それに加えて、わざと間違って引用したり、一部分だけ引用したりして、結論を彼らの都合のよい方向に持っていくように小細工を弄する。その目論見は「歴史研究」「史を以って鑑と為す」を装って事実を歪めることだ。

 

 

おわりに  

 

検証の結論は単純だ。『順風相送』『指南正法』などの海道針経において、「釣魚嶼」「釣魚台」「黄尾嶼」「赤尾嶼」といった島は、あくまでも「福建―琉球」航路の目印として記されているに過ぎず、原典から読み取れる史実はそれ以上でも以下でもない。中台側の領有権主張は歴史の真実とは程遠いものばかりだ。第一に、『順風相送』には三十余りの外国名、数百に上る外国地名・島名が載っている。だからと言って、そのすべてが「中国固有の領土」とは言えまい。第二に、尖閣諸島を「発見、命名、利用」したのは、中国人船員だけではない。琉球文書『指南広義』にはもっと詳しい記録が残っている。そして第三に、明清の版図・領域を記載した正史・一統志・会典・実録には釣魚島に関する記載が皆無で、中国の歴代王朝が尖閣諸島を実行支配した事実はもとより存在しない。

 

考えてみれば、「領土」「領海」といった概念は、近代国家の枠組みができて初めて地球上の各海域に持ち込まれたものだと思う。明清時代において、中国周辺の海域はもともと国境線など存在せず、尖閣諸島も南海諸島も無主地で、どの国の領土でもなかったはずだ。そもそも、海洋調査・測量の技術、器材、動力船が欠如した古代において、海上で線引きすること自体は物理的に不可能で、その発想もなかったに違いない。中国当局は本当に自らの領有権主張に自信を持つなら、国際海洋法裁判所か常設仲裁裁判所に提訴しても良さそうだが、持ち込んだところで、再度不面目な結果を招くのが落ちであろう。

 

 

 


(40) 例えば、1953年1月8日付『人民日報』に掲載された「琉球群島人民反対美国占領的闘争」という論評には、「琉球群島......、包括尖閣諸島......等七組島嶼」と明記している。呉壮達著『台湾地理』(商務印書館、1959年9月)では、第一章「形勢概要」(2頁)において、「全区島嶼的分布:最東、是本島東北的棉花嶼、......最北、是本島東北的澎佳嶼、......与琉球群島内側的尖閣諸島遥対」と記す(訳:台湾全域の島嶼分布として、東端は本島東北の棉花嶼、......北端は本島東北の澎佳嶼、......琉球群島内側の尖閣諸島と向き合う)。第二章「地形与砿藏」の脚注(7頁)において、「台湾的北端、実以基隆東北的彭佳嶼等島与琉球弧的“内帯”−−即先島群島以北的尖閣諸島(一般地図多不載此群島)相接」と記す(訳:台湾の北端、即ち基隆東北の彭佳嶼などの島嶼は、琉球弧の内側に位置する先島群島北の尖閣諸島〔普通の地図は先ずこの群島を載せない〕と隣接している)。表一「台湾全区的経緯位置」(2頁)と附図「台湾省全図」も、「極東」に「棉花嶼  東経122°6’25”」、「極北」に「彭佳嶼  北緯25°37’53”」と明記している。

 

(41) 向達校注『両種海道針経・序言』中華書局、1961年、8〜9頁。

 

(42)「中華人民共和国政府関于領海的声明」『人民日報』1958年9月5日。

 

(43)『世界地図集』甲種本25−26、乙種本16−17(地図出版社、1958年11月第1版)、及び『世界地図集』甲種本25−26(地図出版社、1960年4月第1版)を参照。なお、甲種本「地名索引」を見ると、御丁寧に「Jian 尖閣群島25−26 Q14」(183頁)、「Yu  魚釣島25−26 Q14」(231頁)の項目まで挙げている。ところが、改訂版『世界地図集』(地図出版社、1972年12月第1版)では、「14日本」に「魚釣島・尖閣群島」の表記が消え、代わりに「9中国東南部」地図の下端には…犁島∪嵌嶼との脚注が付けられている。「台湾」の説明文には「......包括台湾島、澎湖列島、釣魚島、赤尾嶼、彭佳嶼、蘭嶼、火焼島等島嶼」と記す。

 

 

author:senkakujapan, category:尖閣諸島, 08:00
comments(0), -, - -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 08:00
-, -, - -
Comment