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古賀辰四郎と大阪古賀商店(七)  結語

『南島史学』第35号 南島史学会 1990年
望月雅彦 「古賀辰四郎と大阪古賀商店」


     結語

 前半は古賀辰四郎の生涯のラフ・スケッチである。古賀辰四郎は近代沖縄において多方面の事業に関係し活躍している。この小論で取り上げられなかったものも多い。又、裏付けが取れなかったものについては論及しなかったものもある。

 後半は古賀辰四郎の明治十二年来島以後の事業は、大阪古賀商店との密接な連携の上で成立したものであることを論考した。重要な点は、古賀商店(大阪・那覇・八重山)を総体としてとらえた場合、古賀辰四郎は沖縄県の産物を採収・加工改良して大阪古賀商店へ送り出す役割を担っていた。すなわち商品開発・仕入部門の責任者的位置にある那覇古賀商店のみでは商行為は完結しない。大阪古賀商店は販売部門であり、古賀商店総体で商行為の主体であったと考える。その場合、古賀辰四郎はいわゆる寄留商人(※27)(他府県より来島して、収奪したヨソ者)ではなく、沖縄県の水産業(加工業を含む)等の先駆者であると考える。

 明治二十八年、本籍を沖縄県に移転してからの古賀辰四郎は沖縄県人として万国博覧会(※28)・内国勧業博覧会、共進会等に水産加工物を積極的に参加・出品し続けるのである。(論末古賀辰四郎年譜参照)古賀辰四郎は明治四十二年藍綬褒章を下賜される。沖縄県においては松田和三郎(※29)に次ぐものであるが、藍綬褒章(当時)下賜の理由には大別をすると二つある(※30)。一つは「公同の事務」に勤勉した者、いま一つは「公衆の利益」を興した者が下賜の対象となるのである。前者は公職にあるものが公務を精励したという意味であり松田和三郎はそれに該当し、後者は民間人がその地域の民衆の利益を興した場合に下賜され、古賀辰四郎はそれに該当するのである。

 沖縄県の水産及び加工が、従来の自給的なものから近代的な産業として自立するに至る刺激を、古賀辰四郎が身をもって実践することにより、沖縄県民に与えたと考えるのである。

 

 〔謝辞〕
 私の古賀辰四郎研究に当初より暖い御指導を賜わりました和田久徳先生、貴重なる御教示を賜わりました喜舎場一隆先生、八重山の歴史家牧野清先生に深く感謝いたします。貴重な資料の閲覧を心よく許可して下さった財団法人沖縄協会・法政大学沖縄文化研究所、又大阪古賀商店の資料は大阪府立中ノ島図書館郷土資料室、大阪市西区役所区民室広聴広報係の皆様に御協力をいただきましたことを明記し感謝いたします。



________________________________________________________

〔注〕
(※27) 『沖縄県史』別巻、沖縄近代史辞典「寄留商人」の項目(二一二ぺージ)では、寄留商人を出身地別に鹿児島系、大阪系そして中間系と分け、古賀辰四郎を中間系としているが、寄留商人を出身地別に分けることはあまり意味がない。寄留商人を分ける場合、内地のどこと結んで、どのような商業活動をしていたのかが重要であると考える。勿論、出身地=内地と結んでいた場所、が多いと考えられるが、出身地が明確な寄留商人は少ない。例を上げると中馬辰次郎の場合、明治期の代表的寄留商人とされているが、にもかかわらず、出身地が不詳である。鹿児島汽船会社等に関係していたため、『沖縄県史』では鹿児島とされているが、出身地が鹿児島でない可能性も考えられ、矛盾が生ずる。

(※28) 代表としてパリ万国博覧会の例を上げると、古賀辰四郎出品の真珠に対し、河北道介『パリ万国博覧会・第五三類審査報告』では、「一、古賀氏ノ真珠、欧州ニテハ金剛石ニ次グ高価ノモノナレドモ鯨髭卜同ジク欧州沿海国の出品ニ完全無欠ノ五分玉以上ノモノアルト、其出品ノ多類ナルトニ依リ是亦人目ヲヒク能ハザリキ」とある。欧州沿海国産の真珠には及ばなかったが世界的水準の海産物を出品したことが銅メダルを受賞した 事実で解る。   a Monsiour Tatsushiro koga a Naha 賞状には那覇の古賀辰四郎と記されている。沖縄県人として、この万国博覧会に出品し受賞したのは古賀辰四郎一人である。

(※29) 『紅・緑・藍綬褒章名鑑』によると松田和三郎の藍褒褒章の下賜の主旨は次のとおりである。
  「明治三十六年九月二十九日授与(四六六号)、資性剛直身ヲ技スル勤倹夙ニ郷党ノ景慕スル所トナリ明治十二年以来公職ニ歴補シ尋テ間切長卜為リ積年ノ弊風ヲ矯正シ甘藷ノ栽培砂糖ノ製造及ヒ鰹魚ノ浦獲ノ製法ヲ創始シ以テ島民ヲ啓誘シヌ蘇鉄ノ濫伐ヲ憂ヒ之レカ栽植ヲ奨励シ以テ凶荒ニ偏ヘ其他学校基本金ノ増殖ヲ計ル等鞅掌多年諸務整理民情安輯ス洵ニ公同ノ事務ニ勤勉シ労効顕著ナリトス」とある。(傍点引用者)

(※30) 褒章条例第一条、藍綬褒章(明治二十七年一月四日〜昭和三十年改正以前)「右学術技芸上ノ発明改良著述、教育衛生慈善防疫ノ事業、学校病院ノ建設、道路河渠提防橋梁ノ修築、田野ノ墾開、森林ノ栽培、水産ノ繁殖、農商工業ノ発達ニ関シ公衆ノ利益ヲ興シ成績著明ナル者叉ハ公同ノ事務ニ勤勉シ労効顕著ナル者賜フモノトス」(傍点引用者)






author:senkakujapan, category:尖閣諸島と古賀辰四郎, 19:55
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