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寄留商人の妻として −古賀花子さんに聞く−(7)

新崎盛暉著「沖縄現代史への証言(下)」沖縄タイムス社・1982年−より


 
  □ 当時の西町

 ――で、こちらに来られてお二人で、古賀商店をやられる
わけですが、主たるお仕事は陸海産物間屋、それに海陸保険
会社代理店ということですか。
 古賀 そうです。それで私が来たとき、母といっしょでし
たが、いきなり来てみますと、店には何もないんですね。で、
母が何をしている店か聞くんです。それで私もよくわからな
いと言ったもんだから、母は「どうして知らないところに来
たのか、おまえは前にも沖縄にいたから、何もかも知ってい
るのかと思って自分は信用して何も聞かなかったのに」と、
ひどく驚いていました。今の人から見れは考えられないこと
でしょうけど、そんなものでしたよ。ああいう所は、船が入
ると全部積んでいってしまって倉庫が空っぽになりますから
ね。そういうところへ、いきなり来たものですから……
 ――お店には古賀さんは立たれなかったんですか。
 古賀 ええ、うちはその主義にしました。私はお店には関
係しませんでした。
 ――他の商店なんかもそうだったんですか。
 古賀 いや、他の所は奥さんも店に出ていましたよ。
 ――当時、店はどこにあったんですか。
 古賀 ここ、今のこの場所にありました。
 ――すると、この辺り(西町)は、当時、いわゆる犂麥
商人瓩燭舛多かったんですか。
 古賀 そうですね。道は今ほどは広くはなくて……みんな
道に沿って並んでいましたね。こっちの事務所になっている
ところが昔は青野さんのお宅のあったところ、道のところに
木村さんや浅田さん()なんかがいました。
 ――すると、いわゆる犂麥云人″ばかりということに…
 古賀 そうですね。新嘉喜さんなんかは昔からの人です。
宮里さんも大きなお家でした。

   古野島吉(襲名) 明治三十三年生。先代は福岡県
    出身、明治三十年に寄留。米穀肥料商。
   浅田五一郎(明治三十七年生)昇二郎(同三十九年
    生)兄弟。大阪市出身。漆器および陶器製造販売
   新嘉喜倫篤 明治二十五年、那覇市生まれ。県立一
    中、早稲田大学卒。新星堂書店経営。那覇市会議員。

 ――東町あたりには沖穐の人の店が……
 古賀 東町も寄留商人が多かったですよ。新元さんのお店
もありました。ともかく戦後大きくなったところが多いです
ね。
 ――沖縄の方ではどんな人がいました?
 古賀 フジホテルの隣りのタクシー会社、あの隣りに新嘉
喜倫篤さんのお家がありましたね。何百年続いているかしれ
ませんが、なんでも戦争で焼ける前は、二四〇年前に建った
ものだと言ってました。艶のよくでた、何ともいえないチャ
(以上−寄留商人の妻として124頁−)


ーギ(填)造りの立沢な家でしたね。
 ――古賀さんのお家は、この辺りでは大きい方でしたか。
 古賀 いや普通ですね。中馬さん()のとこなんか大きかった
ですね。
    中馬政次郎 明治七年生。明治十八年に兄藤太郎と
    ともに那覇に寄留。難貨商(米穀・石油・機械油・素
    麺・大豆・昆布など)。
 ――坪数はどれくらいあったんですか。
 古賀 ここですか。ここは敷地が二六〇坪、建て坪が一五
〇坪ぐらいでしたね。
 ――それは蔵やなんかも含めて?
 古賀 ええ、そうです。
 ――蔵はいくつあったんですか。
 古賀 三つありました。それに鰹節の乾し場がありました。
 ――乾すのはこっちでやってたんですか。
 古賀 いや、たまに乾かすのが不十分なときなどに、とき
どき使っていたんです。
 ――一五〇坪といえば、かなり大きいですよね。そうしま
すと、もともと西町にはお金持ちが多かった?
 古賀 さあ、どうなんでしょうかね。
 ――まあ、沖縄の庶民の暮らしぶりから見たら……
 古賀 そうですね。大きな屋敷といいますか、大きな門構
えで、商店ではない家というのは、泉崎に多かったですね。
古いうちで、入口に門があって、また中にも門があるという
ような立沢なお屋敷はね。とにかく、こちらのお座敷といっ
たら、もう昔のは十六畳ぐらいもありますからね。私なんか
は、何かあれば六畳と八畳間をつないで使っておりましたが、
昔段は襖で仕切っていました。ところがそういうお家は、十
六畳の間のうしろに控えの間もあって、広々としていました
ね。
 ――−商人以外の地元の人たちで、大きい屋敷を構えている
人というのは、何をされていたんですか。
 古賀 みなさん、貸家さんをしたり、質屋さんをしたり…。
新嘉喜さんは、新星堂という本屋をされていましたが。
(以上−寄留商人の妻として125頁上段1行〜下段11行)




 

author:senkakujapan, category:尖閣諸島と古賀商店, 19:33
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