南シナ海での領有権紛争が、ワシントンでも切迫した重要課題として改めて浮かび上がった。
この課題は、7月9日にカンボジアで開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)外相会議でも最大のテーマとして討議されたが、米国の首都での取り組みはまた別の意味を持つ。超大国の米国がこの紛争に深くかかわり、その背後に立つ中国との鮮明な対峙を描くことになりかねないからだ。
中国が関与する領有権紛争は、言わずもがな、日本にとっても大きな意味がある。中国が尖閣諸島の領有権を主張するからである。
南シナ海のすべての諸島、環礁の領有権を主張
ワシントンでの南シナ海領土紛争論議は6月末、2日間にわたった「南シナ海の海洋安全保障」と題する国際会議で熱っぽく展開された。
会議の主催は米国の大手シンクタンク「戦略国際研究センター(CSIS)」だった。基調演説はオバマ政権のアジア担当、日本でもおなじみのカート・キャンベル国務次官補と、議会の長老、ジョセフ・リーバーマン上院議員である。
キャンベル次官補の演説は、言葉の上ではオバマ政権の穏健ふう路線を踏み出さず、「全当事国が平和的な解決を」という範疇の公式論だったが、同政権としても本音は中国の荒っぽい言動に極めていらだっていることは、最近、明白となってきた。この点、リーバーマン議員は中国の軍事威嚇を伴う一方的な態度にはっきり非難をぶつけていた。
しかし、この会議でワシントンの識者の関心を特に引きつけたのは、南シナ海で中国と実際に対立する、というよりも中国の一方的な領有権主張の被害者とも言える側の当事者たちの言明だった。
南シナ海では周知のように、中国が南沙、西沙、東沙、中沙という各諸島など、すべての諸島や環礁への領有権を主張している。その結果、従来、これら諸島への主権を明示し、実際の統治をも続けてきたベトナム、フィリピン、マレーシアなどの諸国と衝突するようになった。これら諸国の代表が今回のCSISの会議でそれぞれに自国の主張と中国への抗議を述べたのだった。
武装艦隊でベトナムを威圧
ベトナムの外交学院院長のダン・ディン・クイ氏は次のような発言をした。同氏の発言は当然、ベトナム政府の意向を直接に代弁している。
「中国は、結局は南シナ海全体を自国の湖にしようとしている。その結果、南シナ海紛争は日に日に激しくなり、危険を増している」
「ベトナムをはじめ、中国と主張を対立させる側の諸国では中国への不信や警戒が高まっているが、その理由の1つは海洋上の艦艇の非対称性だ。中国側の艦艇はいわゆる漁船であっても、ベトナムやフィリピンの海軍艦艇に匹敵するほど大型であり、強大なのだ」
この第1の発言の「中国の湖」という表現は、中国が1992年に制定した「領海法」への反応だと言えよう。中国は国内法として打ち出したこの「領海法」で南シナ海の諸島をすべて自国領土だと宣言し、南シナ海全体を事実上、領海扱いにしたのだった。
外国が主権を確立し、実効支配までしてきた諸島を国内法で自国領だとしてしまうのだから、中国のアプローチは横暴である。ベトナムが危険を感じるのも当然だろう。
第2の艦艇の「非対称性」も、確かに中国側がこの種の紛争海域に出動させてくる船舶類を見ると、容易に理解できる。中国が東南アジア諸国に比べ、ずっと強大な海軍力を保有していることは、すでに広く知られている。だが、海洋領有権紛争では中国当局は海軍以外にも多様な艦艇を動員してくるのだ。公安部門の「海警」の艦艇、国家海洋局の監視部門の艦艇、交通省海事局の捜索救助部門の艦艇など、いずれも軍艦に近い武装艦船である。ベトナム側がそれに対抗できず、威圧されがちというのも当然だろう。
中国に「U形線」の意味を問いただしたインドネシア
この会議では、さらにインドネシアの南東アジア研究センター所長のハジム・ダジャライ氏が発言した。インドネシアは中国と直接に領有権を衝突させることこそないが、東南アジア側の有力な一員として、中国の領土拡張の動きには懸念を表明している。
「インドネシアはおそらく中国に対し南シナ海での『U形線』の意味について正式の外交ルートで質問をした唯一の国だろう。中国が南シナ海の領海権を主張する際に使うU形の線を示す海図の意味をインドネシア外相は1995年、北京で中国側に問いただしたのだ」
この「U形線」とは、中国政府が南シナ海の自国の領有権を主張する際に使う「天地図」と呼ばれる古い海図である。その海図は南シナ海を台湾の東からフィリピン、ブルネイ、マレーシア、ベトナムのそれぞれ沿岸部を「途切れ途切れの9本の直線」でU形につないでいる。そのU形の内側はすべて中国の領海に等しいというのだ。その中には南沙諸島や西沙諸島という紛争中の島々がすっぽりと入ってしまう。中国は古い時代からその広大な海域が自国の海なのだという主張の「根拠」に現代でもその海図を誇示するのである。
ダジャライ氏はさらに述べた。
「しかし中国政府はわが国の外相のその質問に決してまともには答えなかった。その後、中国はその海図について対外的に『歴史的な資料』というような表現で南シナ海の主権の基礎のように説明をときおりするようにはなった。だがその海図の意味も根拠も国際的にはまったく不明瞭なままなのだ」
米国の専門家たちも中国のこの海図に「途切れ途切れの9本の直線」という表現で言及する。9本というのは、まさに途中で切れる直線が合計9本あり、それをつなぐとU形になるからだ。だがその客観的な法根拠はどこからも示されない。要するに中国はこの種の「歴史」を主張して、自国の海洋主権を一方的に拡大しようとするのである。
「法の統治」を受け入れない無法国家
ワシントンでの会議でさらに注目すべき発言をしたのはフィリピンの外務省海洋問題部門の代表のヘンリー・ベンスルト氏だった。
「中国は、南シナ海の領有権紛争では国際法の取り決めを尊重しない。複数の国家が争う場合、その解決への基準は当然、国際的な合意や法規となる。法の統治が出発点となる。だが中国はその法の統治を受け入れない。
人間でも国家でも衝突の裁定で法の統治が採用されなければ、残るのは人的統治ということだろう。一方の、あるいは一部の人間の恣意的な要求や判断が裁定の基準になるということだ。だがその裁定は他方には通用しない」
確かに中国当局は自国の関わる領有権紛争への国際規則の適用を認めていない。「法の統治」を受け入れないのだ。その点をいま南シナ海で中国と対決するフィリピンの外務省代表が率直に指摘したのである。
ベトナム、インドネシア、フィリピンと東南アジア3国の代表たちのワシントンでの発言をこうして見てくると、南シナ海の領有権紛争の真実の大きな部分が期せずして明確に浮かび上がる。それは中国のあまりに異端な、そして理不尽な姿勢である。
「無法」とも呼べるこの姿勢は日本領土の尖閣諸島への主権主張にも当然、同じように向けられる。日本はそれを覚悟して尖閣諸島の防衛に努めなければならない。そんな教訓をワシントンでの南シナ海紛争についての国際会議は明示するのだった。